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ヒストリー

◆1996年ごろ

「自然の中で自由に子どもを遊ばせたい」「社会の中で子育てをしたい」「渋谷にもプレーパークがほしい」という想いを抱いていた「自主保育原宿おひさまの会」OB有志が、お話会やバザーなどの活動を始める。「渋谷の遊び場を考える会」=「渋あそ」の誕生。

◆運営スタッフのつぶやき

自然の中でおもいっきり遊ぶ自主保育で育った子が、卒会して自分の地域に帰った時、自由に遊べる環境があまりにも少ないことに驚きました。少し子育ての手が空いた親たちが、何かできることはないだろうかと集まっては話していました。

私たちが子育てをしていた時は他区のプレーパークまで行っていたけど、せめてひとつは「渋谷のプレーパーク」をつくりたい!これからの子どもたちのために絶対欲しい!と思いました。どこに行っても「無理」「無理」と言われながら、せめて旗を振ろう、振り続けることでプレーパークの必要性をアピールしていこう、と考えていました。

◆1998年2月

「渋谷の遊び場を考える会」が常設のプレーパークづくりへ向けて本格的に勉強会等の活動を始める。

◇ 地域の施設や委員会の会議への参加
◇ 大村璋子さん講演会
◇ 渋谷区公園課長とのお話会(テーマ:区立公園の位置付けについて)
◇ 他のプレーパークで活動中のプレーリーダーとのお話会
◇ 日本冒険遊び場づくり協会全国研究集会への参加 など

◆2000年ごろ

「渋あそ」や「渋谷ファンイン」などの地域団体が子どもの居場所づくりに取り組み、渋谷区の施設「総合ケアコミュニティせせらぎ」の準備委員会に参加。広場のかまどを一般市民が使えるように働きかけ、広場でのおやつ作りなどの活動が始まる。

◆運営スタッフのつぶやき

学校が週休2日制になるにあたって、地域での安心で安全な居場所づくりの推進に積極的に関わるようになりました。野外遊びを中心として活動する仲間に加え、同世代の色々な意見を持った人々とのつながりが生まれました。自由な外遊びへの思いに、「禁止の看板のない公園」が欲しいという願いを加え、ますます活動が活発になりました。

2003年頃、かまどを使った『あそぼうパン』
2003年頃かまどを使った『あそぼうパン』

◆2003年ごろ

「渋あそ」や「せせらぎファンイン」のメンバーの働きかけにより、渋谷区スポーツセンター子ども広場で「せせらぎ冒険遊び場」の活動がスタート

◆運営スタッフのつぶやき

「せせらぎ」の広場でおやつ作り等の楽しい活動を続ける中で、年に何回かでもいいからプレーパークを開設したいという思いが強くなっていきました。お隣のスポーツセンターの端っこ、なぜか閉鎖されていた「幼児広場」の使用許可を得るため、みんなで当たって砕けろ作戦に出たところ許可が下りて、「せせらぎファンイン」と「渋谷の遊び場を考える会」が協力して「せせらぎ冒険遊び場」の活動をすることとなりました。

渋谷のプレーパーク第一号「せせらぎ冒険遊び場」の第一回チラシ

◆2003年9月

「せせらぎ冒険遊び場」での活動に渋谷区長や区議が賛同。渋谷区議会で取り上げられ、区内の公園にプレーパークを作るというアイデアが具体化。

◆2003年11月

プレーパーク開設へ向け準備会を立ち上げる。

◆2004年1月〜3月

「プレーパーク事業が渋谷区公園課の事業として承認され、「渋あそ」がプレーパーク事業運営を受託することが決定

◆2004年4月

渋谷区公園課のプレーパーク事業がスタート
園内整備と共に、プレーリーダーを交えた話し合いを進める。

◆2004年5月1日〜5日

プレオープンイベント「こどもの日連休5日間おもいっきり遊ぼう」開催。子どもたちの遊び方を見ることができ、より具体的に準備を進めることができるようになった。

◆2004年7月17日

「渋谷はるのおがわプレーパーク 」オープン!
渋谷区で最初の常設プレーパークが誕生!

今日も元気に開園中!

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